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インバウンド観光の成り立ち

戦争が勃発した頃、政府は「戦時中に観光振興なんてふさわしくない」としたとされ、旅行代理店の名前も変更を余儀なくされたようです。代理店は,政府の指示により、集団輸送に従事していたようですが、旅行を通じ、日本の状況を南方諸国に伝えるという本来の目的とは異なった任務が与えられ、公社として改組されたようです。この公社は、解散した観光協会の資産と事務を引き継いだとされています。ポツダム宣言を受け入れた後、戦争は終結し、疲弊した製造業が動けない状況になっていたとされる日本において、短期間で外貨を得ることができるのが「インバウンド観光」であったと言えるのではないでしょうか。平和国家としての日本を世界に印象付けるため、国際親善に貢献する訪日外国人旅行者誘致は重要と考えられていたとされているようです。こういった背景の中で、観光公社は名称変更とともに、事業の目的を「国情文化の紹介・外客誘致を為す」にしたと言われています。そして、海外宣伝部が創設され、ニューヨーク事務所、またサンフランシスコ事務所といったように次々に海外事務所が開設されたそうです。また、分離して国際的な観光協会が発足し、紆余曲折あり、この団体はのちに「日本政府観光局」と呼ばれているそうです。日本の観光についての行政は、移動手段が鉄道であった時代から運輸を担当する省庁が取り扱ってきたようです。 鉄道省に観光局が設置されたのち、長い歴史を経て、観光行政をひっぱっていく司令塔のような組織として観光庁が設立されたと言われているようです。日本における訪日外国人旅行者の誘致は、長い歴史があるとされており、国際的な観光振興会が設置されて以降、日本を訪れる外国人旅行者の誘致を行う専門機関として、1960年代からは予算と体制が強化されたと言われているようです。

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